理系女子の割合が男子よりも圧倒的に少ないのは、周知の事実です。
その最大の理由の一つとして、女子は、空間認識能力が男子よりも劣ることが指摘されています。
空間認識能力は、算数や理科の成績、そしてSTEM適性の強力な予測因子です。
今回の記事では、この能力の男女差とその原因について探ります。
また、それを踏まえて、幼児期から小学初期の女の子の知育遊び(空間遊び)について提案します。
女の子は男の子より空間認識能力が劣るのか?
よく、方向感覚や3D感覚は、女性よりも男性のほうが優れているといいます。
「狩猟採集時代、男は獲物を追跡し、狙い仕留め、そして居住地に戻るために、空間認知に優れている必要があった」というのは、もっともらしい理由です。
実際は、どうなのでしょうか。
空間認識能力の性差については、これまでに非常に多くの研究が積み重ねられています。
それらを総合すると、少なくとも特定のスキルについては、男女差が見られます。
中でも、メンタル・ローテーションは、性差の最も出やすい空間領域と見られています。
これまでに行われたいくつかのメタ分析(複数の研究結果を統合して行う分析)の結果を見ても、いずれも男性優位を示しています。(01, 02, 03, 04)
メンタル・ローテーションは、数学や理科の成績に直結する特に重要な空間領域です。
そのため、この能力の男女差が、理系男子と理系女子の割合の差を生む最も大きな原因の一つと考えられています。
その一方で、空間認識能力には、性差以前に個人差があります。
大半の男子よりも優れている女子もいるし、反対に、空間課題を苦手とする男子もいます。
また、男女問わず、空間トレーニングによってパフォーマンスが大きく向上するという確かな証拠があります。(たとえば、05, 06, ,07, 08)
何が言いたいかというと、女の子でも優れた空間スキルを身につけることができる、ということです。
そのためには、性差の原因をきちんと理解し、それに対処していくことが必要になります。
これがこの記事のテーマです。
なお、その他の主要な空間領域について見てみると、
メンタル・フォールディングでは、性差は見られません。(09)
パースペクティブ・テイキング、空間スケーリングでも、子どもでは性差が確認されていません。(10, 11)
空間認識能力の性差の原因を知る
メンタル・ローテーションの性差の要因
では、メンタル・ローテーションの性差を引き起こしているものは何でしょうか。
これについてはさまざまな方面からの研究があり、複数の要因が議論されています。
性差の要因は、大きく二つに分けられます。
一つは生物学的要因、もう一つは環境的要因です。
生物学的要因
生物学的要因の一つは、出生前および出生後に曝される男性ホルモン(アンドロゲン)のレベルの違いが、空間思考や、遊びやおもちゃの好みに影響を与えるというものです。(たとえば、12, 13, 14, 15)
もう一つは、メンタル・ローテーションへの関与が認められる脳領域の構造や機能の男女差が、空間思考に影響を与えるというものです。(たとえば、16, 17, 18)
しかし、これらについては、個人の力でどうにかなるものではないので、ここで取り上げるつもりはありません。
重要なのは環境的要因です。
環境的要因
空間認識能力の発達は、それまでに経験した空間活動の質と量の影響を強く受けます。(たとえば、19, 20)
このことは、空間認識能力の低い子どもほど、空間トレーニングの恩恵を受けやすい、という事実によっても裏付けられています。(たとえば、05, 06, 21, 22)
そのような子どもは、空間活動の経験が少ないので、改善の余地が大きいのです。
逆に、日頃から空間活動をよく行っている子どもは、すでに空間能力が一定レベルに達しているため、簡単なトレーニングでは、そんなに向上しません。
裏を返せば、家庭での空間活動が充実していれば、空間能力を一定のレベルにまで高められる、ということになります。
しかしながら、女の子は全体的に、ブロック遊びのような空間遊びの経験が、男の子よりもずっと少ないことがわかっています。(20)
これが、空間認識能力の男女差を生む最大の原因ではないかと見られています。
遊びの男女差はなぜ起こる?
では、環境的な側面から遊びの男女差について見ていきたいと思います。
これには、生物学的要因や個人の趣向だけでなく、親や社会の固定観念が多分に影響しているといわれています。
たいていの大人は、子どもにおもちゃを贈るとき、性別を考慮します。
特定のおもちゃを男の子向けと見るか、女の子向けと見るかは、個人や社会の価値観によって多少異なりますが、男の子なら、さしずめブロックや乗り物系のおもちゃが有力な候補としてリストアップされるでしょう。
女の子なら、人形、ドールハウス、ままごとセット、ビーズセット、ぬいぐるみ、といったところでしょうか。
ちなみに、パズル、お絵描きボード、楽器のおもちゃなどは、性別ニュートラルと考える親が多いようです。
(以上、23, 24)
このような性別観のもとでは、男の子は、組み立て系・工作系のおもちゃやキットがより多く与えられます。
また、男の子の遊びでは、間接的にも、しばしば空間的な活動が誘発されます。
たとえば、男の子が乗り物のおもちゃで遊ぶとき、積み木やブロック、または関連キットを使って走らせるコースや車庫を作ったりします。
一方、女の子向きと見られている遊びには、空間的な要素はそれほど多くありません。
ビーズ遊びは、算数に関わる幅広い活動を誘発しますが、ブロックほど空間的ではありません。
こうして、女の子は男の子に比べて空間遊びの機会がずっと少なくなってしまいます。
その結果、女の子はメンタル・ローテーションの発達で、男の子に遅れをとってしまいます。
そしてその差は、その子の置かれた環境が改善されない限り、縮まることはありません。
むしろ、年齢とともに開いていく傾向があります。(04)
女の子の空間遊びを考える
以上を踏まえて、女の子の空間遊びについて考えていきたいと思います。
パズル遊び
まず、女の子の空間活動のメニューをつくる上で、パズル遊びは外せません。
パズル遊びは、メンタル・ローテーションをはじめとする2次元の主要な空間領域をカバーします。
幸いにも、パズル遊びは、女の子にとって比較的とっつきやすい遊びです。
親の目線でも、わりと多くの親が性別ニュートラルな遊びと考えています。
実際に、2歳から4歳の子どもがパズルで遊ぶ頻度は、男女間で差がないことが報告されています。
これは、ブロックやビデオゲームとは対照的です。(25)
ただし、パズル遊びの質の面では、男女で差があるようです。
男の子は、女の子よりも難易度の高いパズルと多くの空間言葉を受け取っていることがわかっています。(25)
親の、男の子の将来に対する期待が、そうさせるのでしょうか。
男の子には、より賢くなってほしいという意識が働くのかもしれません。
もしそうなら、女の子に対する意識を改めなければなりません。
そういったことにも留意しながら、女の子の知育遊びにパズルを取り入れていってほしいと思います。
「知育パズル」ついては、こちらの記事をご覧ください。 ↓↓↓
ブロック遊び
次に、遊びのメニューにぜひ取り入れてもらいたいのが、やはりブロック遊びです。
ブロック遊びは、3次元の主要な空間領域をカバーします。
特に、メンタル・ローテーション能力への効果は大きいです。
課題は、いかにして女の子がブロック遊びに引き込むかです。
一つのヒントは、女の子の興味を惹くドールハウスやままごとセットにあります。
どういうことかというと、これらをブロックに置き換えます。
たとえば、レゴブロックには、お家やお庭、ペットなどを作るためのパーツが豊富にあります。
また、ごっこ遊びを想定したテーマ別のブロックのセットやミニフィギュアもあります。
こういったものを準備して、作るプロセスからあとの遊びまでしっかり相手をしてあると、女の子でも十分にブロック遊びを楽しめるのではないでしょうか。
ブロックについては、次の記事(女の子のためのレゴブロック ~ 商品の選び方ガイド)でもう少し具体的な話をしていきます。 ↓↓↓
まとめ
以上、パズルとブロックを取り上げましたが、これに女の子がよくやる折り紙を加えると、主要な空間領域の大部分をカバーすることができます。
「折り紙遊び」ついては、こちらの記事をご覧ください。 ↓↓↓
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子どもの学びに関する多くの学術的知見を持っています。
また、6歳児から中高校生まで勉強を教えた経験があり、学力に与える学習の効果は、年齢が低いほど大きいことを痛感しています。
これらを生かして、効果的で再現性の高い子どもの学びのあり方や方法を提案していきます。よろしくお願いします。